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これからの「勉強」の話をしよう

きみは何のために勉強しているのかな? 「面白いから」と答える人は、きわめて少数でしょうね。大方はいい成績をとって、いい高校へ行って、できればいい大学に行って、将来いい生活をするためと考えている、あるいは親に言われている。だから面白くはないけど勉強する。つまり将来いい生活をするために、今つまらない勉強をしているのではないかな。

明治の初め、明治の大改革「学制」が公布された年(1872年)に福沢諭吉は『学問のすゝめ』という著作を発表し始めます。当時の青雲の志を抱いた若者たちのあいだでベストセラーになったのだそうです。福沢は日本のだれもが知っている大思想家ですが、けれどその著作となるとほとんどの現代人は読んだことがない。福沢先生は一万円札の肖像になっているので、現代人にとって「欲すべき対象」ではあっても「読むべき対象」ではないのでしょう。

この本の冒頭「天は人の上に人をつくらず。人の下に人をつくらず」はあまりにも有名で、万人平等を説いた名文句だと理解されがちです。けれど福沢は、「と言われているけど、世界を見渡すと賢い人、愚かな人、貧しい人、富める人、貴人もいるけど下人もいて、雲泥の相違じゃないか」とそのあとを続けているんだ。そしてその原因は「その人に学問の力」があるかないかによって決まる。これからの明治という新時代は、封建的な身分制度じゃなくまさに「学問」の世なのだ。だから若者たちよ、学問しなさい、勉強しなさいと説いた。だから『学問のすゝめ』なんです。

福沢の説く「学問」とは、ただ難しいお勉強じゃなくて「人間の実学」のことなんだ。手紙を書いたり、そろばんができたり、そして一歩進んで例えば地理は、日本国中はもちろん世界のことを知る道案内だ。歴史は万国古今のありさまを詳しく知るための書物だ。これらを身につけて、自分を大きくして日々の仕事に打ち込みなさい。知識を仕事に役立てなさい。みんな勉強してその道のエキスパートになんなさい。そうすれば「身も独立し、家も独立し、天下国家も独立すべきなり」と言っているのです。

福沢諭吉先生は明治の初め、こんなことを若者にうったえた。もう150年も前の話だけど、勉強ってものを考えるときにちっとも古びちゃいないとは思わないか。勉強の一つひとつは、それはつまらなく感じるものもあるだろうけど、そして毎日の生活は足元ばかりを見て歩むことが多いのだけれど、ときどき大きく頭をもたげて福沢先生の言葉や勉強の意義について考えをめぐらせてみてください。

 

 

 

 

投稿日:2019年1月1日

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